トンヌラ頑張れ。超頑張れ。

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

*    *    *

Information

□ 短篇(冒険中) □

古の神域

 ローレシアの王城を望む陰深き森の奥に、永く人々に忘れられた古代の神殿が佇んでいた。鬱蒼と枝を伸ばした樹木がつくる闇は昼なお深く、狩人は愚か貪欲な魔物たちですら滅多なことで神域に足を踏み入れることはなかった。ただ一人の少年をのぞいては。

 少年は神去りしこの神殿で独り時を過ごすのが好きだった。猥雑な街の喧噪も、勿体ぶった王城の静寂も、ここでは無縁だ。気まぐれな人間の信仰など関わりつけぬ貌で時の流転を受け入れ、ただ静かに森に還ろうとする姿は何よりも美しかった。床石を割り天を衝く巨木の居座る大広間が、少年の気に入りの場所だ。今では呼び名も失われた信仰篤き民が、ここで日々の祈りを捧げていたのだろうか。
(…………)
いつもの夢想ー何者にも縛られぬ強く凶暴な竜として自由に天翔る夢ーに耽ろうと瞼を伏せた少年の表情がふっと曇る。鮮明で不快な記憶が空想の邪魔をした。美しくただ幸福な義母の微笑み。揺り籠に眠る半分だけ血の繋がった弟は、生まれながらに王者の風格をー少なくともその片鱗を感じさせていた。彼らに罪はない。まだ幼いといえる歳ながら少年は理解していた。しかし、理性が感情を抑するほどの大人ではない。訪れる客人達の空々しい祝辞から逃れるには、この孤独な聖域に逃げ込むほかはなかったのだ。
 母となってなお人形のような美貌を失わず、王妃としての任をそつなくこなす義母は公平に見て佳き国母なのだろう。だがその美しさが増せば増すほど、少年の胸には暗き牢獄に朽ちていく花が影を落としていた。
(くそっ…!)
 自分でも理由の分からぬ苛立ちに少年は壁を蹴った。脆い石積みの一角がたちまち音を立てて崩れ、もうもうと埃が舞う。咳込みながら幼稚な感情の発作を後悔していた少年は、眼前に口を開ける闇に気付いた。石壁のむこうにもう一つ、隠された部屋が存在していたのだ。百年以上の間閉じこめられていた過去の空気が、かすかに黴の匂いを伴いながら流れ出す。少年はわずかな勇気を持って胸いっぱいにその匂いを吸い込んだ。
 崩れた石を踏み砕きながら、壁の向こう側へ足を踏み入れる。窓のない小さな部屋だった。壁面の穴から漏れる乏しい日差しが空間に不確かな模様を描く。二重の十字にも似たその模様の中に、少年は人影をみとめて立ちすくむ。こんな所に人が?しかしすぐにそれが石を彫ってつくられた像であることに気付いた。長い年月石壁の向こうに封印されていたことが幸いしてか、像はすこしも痛んではいなかった。
(………)
 なんと不思議な彫像だろうか。少年は身じろぎもせずに滑らかな輪郭に眺め入った。ほぼ等身大で、白い大理石の表面は滑らかに磨きあげられている。細身の肢体は神を象ったにしては写実的で、思春期前の少年を思わせる脇腹を内から押し上げる肋骨の微妙なニュアンスまでが巧みに表現されていた。にも関わらずひどく現実離れのしていたことにはー少年らしい薄い肉付きに相応のシンボルを備えているにも関わらず、胸元には豊かな乳房の膨らみがあったのだ。
 少年には、それが彼の先祖によって滅ぼされた『旧き民』の信じる創世神を象ったものであることなど無論知る由もない。それでも彼はその像に心を囚われた。北の地に逃げ延び、やがて竜の血と交わった旧民族ー母親から受け継いだ遺伝子の記憶が囁くのか、若しくはもっと単純な理由か。少年の涼やかさと母親の慈愛を兼ね備えた彫像の貌は、美しいまま時を止めた思い出の中の母にどこか似ていた。
 誰も訪れる筈のない神殿で少年はそっと辺りを見回すと、背伸びをしながら彫像の冷たい唇にぎこちない口付けをした。

 その日、初めての恋とともに少年は誓った。大人になっても、あの彫像とよく似た娘が現れない限り自分は誰も愛さないと。だが、その可能性は万に一つもないだろう。『彼女』、或いは『彼』は地上に存在し得ない人々の理想…女神なのだ。だから、おそらく自分は一生誰も愛さない。それでいいのだろう。父と同じ過ちを犯さなくて済むのなら。

 崩れた石を積みもとどおりに壁をふさぎ終えたころには、もう陽は大きく傾いていた。そろそろ城に戻ってやらなければならない時間だ。存外あの両親ならば自分が城を出たことにも、黙って戻ってきたことにも気付かずにいるかもしれない。少年は幼い頬に、歳に似合わぬ皮肉めいた笑みを浮かべた。

 森を出た少年は黄昏時に染まる空に、生ける女神の姿を思い描いた。その髪は夕焼けの雲と同じ、輝く黄金の色をしていた。

関連記事

*    *    *

Information

Date:2009/11/01
Trackback:0
Comment:0
UserTag: * 
Thema:二次創作:小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://draconeamor.blog9.fc2.com/tb.php/1-eec49d86
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。