トンヌラ頑張れ。超頑張れ。

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□ 短篇(ロンダルキア編) □

Forget-me-not

 遠い台地を覆う雪雲を見上げて、トンヌラはほっと息を吐いた。主は新しい鉱脈の視察に
出かけて半日は戻らないはずだ。だから、自分が無断で城を出て来てしまったことは
今しばらく知られずに済む。

(……馬鹿だよね)
奴隷の自分に行く宛などない。判っている筈なのに、僕はどうかしている。

 はじまりは、息子が宝物庫で見つけた一振りの剣だった。銅製のやや小振りなもので、
つくりこそしっかりしているが人間の名工に及ばず魔剣、妖刀の類いからエルフの鍛えし
細剣まで、ありとあらゆる武器の集まるこの城においてとりたてて珍しい品とは言えなかった。
それは一度も実戦に使われた様子はなく、刃身は淡赤色の真新しい輝きを保っていた。
何故、こんなものが保管されているのだろう。

「きれいな剣だね、父様!父様が持っていたものなの?」
興奮しながら自分の見つけた宝物を見せるフォルに、ズィータの表情が一瞬翳る。
「…ああ。親父から……初めて貰った剣だ」
「ふうん……いいなあ」
「欲しいのなら、お前が使うといい」
「えっ、ほんと!?うわあ、ありがとう父様!
 へへへ、シドーに自慢してやろうっと」
ぱたぱたと小さな足音が廊下に消えて行くのを待って、トンヌラは口を開いた。
先程主が見せた貌が何故か頭から離れない。
「いいのですか、大事そうなものなのに」
「あれは…今となっては何の意味もないものだ。本当に見せたかった相手も、もう居ない」
そう話す横顔は、どことなく苦しげで……その微妙な変化は、常日頃から傍に仕える者で
なければ気がつかない程度のものだったが。
「差し支えなければ……お話をうかがってもよろしいですか」

---ただ、純粋に気にかかっただけだ。何物にも囚われぬ竜王の心を動かす
小さな棘の存在が。

だが…今にして思えば、捨て置けばよかったのだ。奴隷の肉便器が主の胸中を計るなど
烏滸がましいにも程がある。
 主は件の銅剣を賜った日のことを語ってきかせた。いきおい、話は彼が初めて交渉を持った
女にも及んだ。十年あまりも昔のことだ、と主人はかすかな苦さを含む笑いを漏らしたが……
それでは、あの頃……第二王子の華やかな生誕祭で形ばかりの挨拶を交わした頃、すでに
彼は女を知っていたのか。胸の奥でざわつく感覚が痛みと知って、トンヌラは正直驚いていた。
少年にすらなれなかった自分は別として、王家の人間である彼にそうした経験があったところで
何の不思議もない。自分との事が初めてであったなら、むしろその方が意外だ。
しかし……奴隷として飼われるものには抱く資格の無い感情が、たしかに心を占めていた。
黙り込むトンヌラに、ズィータはちらと訝し気な視線を送った。
「どうした、奴隷としての対抗心でも湧いたか?死んだ女相手におかしな奴だ」
 おかしい---その通りだ。どうしてこんな気持ちになるのだろう。トンヌラの脳裏には、
見たこともないその娘の顔がはっきりと描かれていた。
美しいドレスを着せられ、彼の手で髪を整えられ、彼の名を呼び。最後は傷ましい死を迎えたと
しても、きっと彼女は幸せだったに違いない。ズィータ様を愛して死んでいったのなら。

「ほんとうに……僕は、どうかしてるよ」
もういちど小さく自嘲する。肉奴隷としてあらゆる調教を受けて来たはずの自分が、こんなに
感情を乱されるなんて。
 昔のことに嫉妬するなんて、まるで女みたいじゃないか。
男女どちらでもない出来損ないの分際で。

 心の中の小さな嵐を押さえられないまま、黙ってロンダルキアを降りてきてしまった。
悪い癖が出たとまた折檻されるだろうか。兎に角、今はとても主に顔を合わせられない。
どこでもいい、あの城の見えないところへ行きたかった。偉大な竜の座する白銀の城の。
こっそりと持ち出したキメラの翼がふところで淡い光を放つ。曖昧な術者の望みに、アイテムに
宿る魔獣の魂も行き先を定めかねている様子だ。

(僕には…行く場所はない……逃げる事はできないのに……
 竜王の掌から……竜王の………………)
キメラの翼が突然に輝きを増す。次の瞬間、金髪の細い影は虚空に消えた。

 ---ところ変わってここは旧都ラダトームの南東に位置する古城。地下深く存在する
竜王四世の座所は、このところちょっとした騒動が持ち上がっていた。
「ああ、またこんなに鶏糞をどっさりとやりおって!!こりゃデュー、何度申せばわかるのじゃ!」
老いたグレムリンは癇癪を起こしながら過剰な肥料をとりのける。
「なにさー、たくさん肥料をあげれば人面草だって喜ぶでしょう?」
デューと呼ばれた娘が三つ編みの束を揺らしながら負けじと言い返す。小柄で肉付きのよい
身体には首狩り族の衣装をまとい、気の強そうな瞳がはしこい光を放っていた。
「素人はこれだから困るわ。この間も根が溺れるほど水をやりおってからに、まったく
 風雅を介せぬ野蛮娘に草花の世話など任せたのが間違いじゃったか」
「言ったな!!じじー、石にされたいのか!?」
娘の三つ編みがいっせいに蛇と化し、小悪魔を威嚇する。
「こりゃこりゃ、穏やかでないのう」
ことことと靴音が近付いて来る。グレムリンの忠臣は慌ててかしこまった。
「メデューサ、年頃のおなごがそんな言葉遣いをするものでないぞ」
「は、はい」
デューはたちまち姿勢を正し、ほのかに頬を染めて応えた。
「行儀見習いにならぬと、余がゴンちゃんに叱られるでの。どれ、ひとつ世話のしかたを
 れくちゃーしてやろうか」
少女メデューサは竜王城に仕えるゴーゴンヘッドの親戚、メドーサボールの嫡男と
首狩り族の嫁の間に産まれた子だった。母親の血故かきかん気の性格が災いして、そろそろ
適齢期になろうかというのにいっこうに嫁のもらい手がない。
考えあぐねた親戚の相談を受けたグレミーの伝手により、竜王の側仕えとなったのである。
「光栄です!陛下お手ずからなんて……」
礼儀知らずの小娘を叱ろうとして、グレムリンは思いとどまる。この騒がしい娘が来てから
いささか枯れ過ぎた感のある主君も、年相応の若さを取り戻したかに見える。よい兆候かもし
れんな。しかしまあ、あの娘も物好きな。
 ナチュラルに無礼な考えをめぐらせつつ、気をきかせてそっと花壇を離れようとした時---
広間に一陣の風が吹いた。
「ひえっ!?」
間抜けな声を発して飛び退くグレミーの鼻先に、キメラの羽毛がひらひらと舞い落ちて来る。
風が止んだ時、そこには黒衣の麗人が佇んでいた。女にしては端正に過ぎ、男にしては
優しすぎる不思議な顔立ち。小悪魔には見覚えのある顔だった。
「……あれ?ここ……」
「な、なに、あんた!?陛下には指一本触らせないんだから!」
髪の蛇をうねらせ、デューが竜王の前に立ちはだかる。
「お……おぬし、ロンダルキアの!」
「へっ?」
きょとんとする娘と蛇達の頭上にいっせいにクエスチョンマークが浮かんだ。竜王は
デューの陰から首を延ばし、充分にあたりを伺って他に来訪者のないのを確認する。
「……なんじゃ、今日はあのおっかない奴らは一緒ではないのか」
「ごめんなさい、たまたまキメラの翼が反応しちゃったみたいで……突然お邪魔して、
 すみませんでした」
ぺこりと頭を下げ、ふたたびキメラの翼をかざそうとするトンヌラを呼び止める。
「まあ待て。折角来たんじゃから、時間があるなら茶でも飲んでいきなさい。
 グレミー、そら、ちょうど今日届いたデルコンダルのお取り寄せスウィーツがあったじゃろ」
「え、でもそんな」
スウィーツ、と聞いてつい反応してしまうトンヌラ。小悪魔も美しい北の国の王妃がひとりと
見るや安堵の顔でいそいそとティーセットの準備をはじめる。どうやら敵ではない様子に
デューは主君から離れたが、警戒を完全に解いた訳ではないらしく二束のもみあげ部分だけは
未だに蛇の鎌首をもたげていた。
 まんげつそうとじんめんそうの若い葉を摘み、生ハーブティを淹れる。トンヌラは器用な
手際に感心して眺めいった。
「それ、花は入れないんですね。へー……美味しそう。今度イチゴの温室にじんめんそうも
 植えてみようかな」
「こまかい砂を敷くと根つきが良いですぞ」
妙に和やかな主と見知らぬ女の会話を、魔物の娘は口を尖らせながら聞いていた。
「なにさ、陛下ったら。あんなひょろっ細いだけの女にデレデしちゃって……
 あんな色の薄い肌に、透けちゃいそうな金色の髪の毛なんて……」
ひそかなコンプレックスであるぱさついた赤毛を指先で弄び、溜息をつく。
「たしかに、見事な黄金のお髪ですなあ……あだぁっ!!!」
でれでれとまなじりを下げる小悪魔の尻を娘は思い切りつねりあげた。
「……ねー、アンタってお妃様なんでしょ?こんなとこでゆっくりしてていいの?だんな様と
 喧嘩でもしたの?」
勇気をふるい、会話に割って入る。図星であったのか、金髪の王妃はハーブティに少しむせた。
「喧嘩っていうか……その……僕が勝手に悩んで、出てきちゃった訳で………………」
語尾は消え入り、要領を得ない。それでも娘は納得したように腕組みして頷いた。
「わかるわかる、いろいろあるよねー」
「ちょ、デュー……」
「陛下は少し黙ってらして、女同士の話ですから」
その言葉に、何故か王妃はすこし苦笑したようだった。輪郭をぼやかしながら娘に
ことのいきさつを語る。デューは興味深気に頷きながら聞きこんだ。
「嫉妬なんて……いやな感情ですよね。ちっぽけで醜い、わがままな気持ち。もう昔の事だって
 あの人は割り切ってるのに……こんな自分勝手な僕に、彼の伴侶を名乗る資格なんて
 ありません」
「えー?そんなことないよ。あたし、うらやましいな」
トンヌラは意外な面持ちで娘を見た。
「嫉妬するって、本気でその人のことを想ってる証拠だもん。そりゃー行き過ぎはどうかと
 思うけどサ、かわいくていじらしい感情だよ。醜くなんかない」
そう……なんだろうか。
「昔の恋人の話をしてもちっとも気にしないなんて、あたしだったら、この人ほんとは
 あたしのことなんてどうでもいいんじゃないかって思っちゃうな。お妃様が自分をきらいに
 なることなんてないんじゃない?ああ、お妃様みたいな人が好きになるのって、どんな人
 なのかなあ」
それは本心から出た言葉のようだった。背後で何やら恐怖の記憶にうち震える主君と爺やに
あいにく娘は気づかない。
「うん…ちょっと怖いときもあるけど、素敵な人だよ」
頬を染めながら、トンヌラは素直に答えた。そこだけほんわりお花畑のような空気を、
ガールズトークに取り残された男二人は羨望半分退屈半分の視線で眺める。
「……楽しそうですな」
「……楽しそうだのう」
「陛下を除け者にするとは、怪しからん女どもです」
「うむ……まあ……だが、これはこれで……花のそよめきを眺めておるような気分で、悪うは
 ないのう」
「ちょっと、おじ様!お茶が切れそうよ、淹れてきて」
残り少なくなったガラスのポットを掲げてみせるデュー。グレムリンはいかにも不満げに
眉をよせたが、主の楽しそうな顔を見ると文句を口の内でかみ殺し、歳若い娘の命に従った。
「お妃様、このスコーンも試してみてよ。おじ様、お菓子作りの腕はなかなかのものなんだよ」
「ありがとう、いただきますね」
「お、おお、どうぞどうぞ」
にっこり微笑むトンヌラにつられ、グレミーはつい口元を緩ませた。
 しなやかな指でスコーンをつまみ、一口齧ったトンヌラがふっと表情をこわばらせる。
顔色も失せ、口元を押さえたまま戸惑った様に視線を彷徨わせている。
「ど、どうしたの?」
「すみませ……ちょっと……お手洗いは……」
間に合わず、水路の端にかがみ込んでえづくトンヌラの背中をさすりながらデューは
親戚をじろりとにらんだ。
「……おじ様!!ケチって古い材料でも使ったんじゃないでしょうね!?」
「な、何を言うか!それはお前に食わせる練習のときだけじゃい!」
「なにー!!」
「やめんかい、二人とも!……大丈夫かの?」
「はい、すみません…ちょっと、急に吐き気が……」
言いかけ、ロンダルキア王妃とゴーゴンの娘はそろって顔を見合わせた。二人同時に
思い至ったのだ。
「あのさ王妃様、ひょっとして、おなかに……」

---デューの言葉を遮る様に、突風が吹いた。先程とよく似た、しかし凍てつく程に冷たい風だ。
渦巻く空気の中には粉雪の粒子が輝いていた。
「ひいっ!!!」
竜王の曾孫と小悪魔は完全に悲鳴をハモらせ、飛び退いた。現れたのは、底光りのする
深青の鎧と緋のマントをまとった長身の男だった。かつて恐怖させられた記憶はいまだ
ぬぐい去れない。
「ズィータ様……!!」
鋭い……だが、どこかばつの悪そうな目で主は妻を見やる。
「……こんな所に来ていたとはな」
「探して……くださったんですか」
うれしげなトンヌラの声にいまいましげに舌打ちし、頭を掻くズィータ。
「『それは陛下がいけません』とかなんとか……
 牝猿どもが左右から捲し立てるもんでな、仕方なくだ」
花壇の隅で、葉だけになった人面草を尻に敷きながら震える城主たちを完全に黙殺して
ズィータはトンヌラに手を差し伸べた。
「帰るぞ。まったく、手間をかけさせやがって」
「ちょっと待った!」
勇敢にもというか、無謀にもというか、二人の間にゴーゴンの娘が割って入る。
ロンダルキア王はかすかに片眉を上げた。
「おくさんにあやまりなよ!ただでさえ不安定な時期なんだから、心細くさせるような話
 しちゃ駄目じゃない!」
「……なに?」
すぐにその意味に気付いたズィータは毒気を抜かれたような顔で妻に視線を向ける。
「…そうなのか?」
「はい……きっと……シドーたちのときも、同じだったし………………」
頬を染める王妃。状況が飲み込めていないのは竜王四世とその腹心だけだった。
「…………………………、すまなかったな」
妻にだけ聴こえる様な小声。だが、確かにそれは謝罪だった。金髪の王妃は咲き誇る
花のような笑顔で夫の腕に飛び込む。
「ありがとう、デュー……また、ときどき遊びに来てもいい?」
「うん!だけど、ちゃんと旦那様に断ってからね」
「はい」
ズィータはあらぬ方に視線を泳がせながら、トンヌラの身体をそっとマントで包み込んだ。
キメラの翼に封じ込まれた呪法が風を喚び、二人を抱えて運び去る。あとには満足げな
ゴーゴンの娘と、ぽかんと口をあけたまま抱き合ってへたり込む城主たちだけが残された。

 奴隷姫---その呼び名を改める気は今後も無い。しかし奪うことでしか愛を示せない
主にとって、それは掛け替えの無い伴侶の代名詞でもあった。まだ僅かな膨らみも見えない
トンヌラの腹部に触れ、約束を囁く。
「…………二度と昔の話はしない、誓う」
妻の目元にかすかな涙が滲む。うすい潮の味を唇で拭いながら、もはや朧げとなった
寂し気な女の微笑みを最後にもう一度だけ思い描いた。

私を…忘れないで…いえ…忘れてください。

名前も知らなかった女。お前のことは、きっと一生忘れられない。
だが……もう、思い出すことはない。それでも、お前は許してくれるか?

消え失せる刹那---幻影は、ふっと微笑んだかに見えた。

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Date:2009/11/10
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Thema:二次創作:小説
Janre:小説・文学

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