トンヌラ頑張れ。超頑張れ。

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□ 短篇(冒険中) □

おおぞらを とぶ

 産声はほんのわずかな間だけだった。病気の子猫のような、あまりにも儚く細い泣き声。
それは父と母を悲しませることへの謝罪だったのだろうか。
 王はだんだんと冷えていく布包みを抱えたまま、医師達の去った産屋で立ち尽くしていた。
砂漠の国の小さな王子はやすらかな眠りにまどろむように瞼を閉じている。
今にも目を覚まし、母の乳房を恋しがって泣き出しそうだった。痩せた后は我が子の死を
知らぬまま、長い産みの苦しみに疲弊した身体を寝台に横たえて浅い眠りについている。
身体の弱い妻にはなかなか機会が訪れず、ようやく授かった子供。
皆に望まれ、祝福された王子であるはずだったのに。
私は…どうすればよい?
ぬくもりのない嬰児の身体はひどく軽い。王は放心したように塔へと向かった。

ーごうっ。
 冷たい風が動かぬ赤子と父の金髪を揺らす。砂漠の澄んだ空気の中で星々は
またたきもせず静かに父子を見下ろしていた。
「…ラーミアよ…どうか、無垢なる魂を御元に参らせたもうな………」
ひそやかに、王は異教とされる土着神の名を呼んでいた。マスタードラゴンの教えに与した
とはいえ、幼い頃より詩に聴かされて育った心の拠所をきっぱりと捨てることはできなかった。
夜空に一筋星が流れる。王はふたたび遠い流星に届かぬ祈りを捧げた。

総ての生命を育みたもう双翼の大母よ。慈悲を垂れたまえ。

 ーその時。祈りの声が聞こえたかのごとく、王の立つ見張り塔を目指して一直線に
輝く星が降りてきた。畏れおののきながらも、王は動かぬ嬰児を胸に庇う。
やがて王の眼前に留まった光はおぼろな人の輪郭をなし、声無き声で語りかけてきた。
(私を呼ぶのは、おまえですか)
母の胎内で過ごした記憶を呼び起こすかのような、優しくも威厳に満ち満ちた"ことば"。
王は即座に光の正体を理解した。霊威にうたれた王は一言も発せず、ただ神の前にひれ伏す。
(この地を去って幾年月ーこのような失われた神にすがらねばならぬほどの願いとは、
 いったい?)
腕の赤子がにわかに重みを増す気がした。王は気力を振り絞り、布包みをといた。
「母なる神よ、どうかー我が子の魂を、今一度この身体に宿らせ給え」
血を吐くような王の懇願に、星の光がゆらめく。
(産声ひとつの間が、その赤子に定められた命の時間。死の腕に委ねられた者を
 呼び戻すことは、私にも成せぬ術)
おお、と悲痛な呻きが漏れた。二度と子供の産めぬ身体になってしまった后が
このことを知ったら。あまりに深い王の嘆きに、ラーミアはふっと瞼を伏せた。
(…しかし、使命を抱いた我が遣いの任を帯びるのなら、地上での命を与えましょう。
 人の子として過ごすときが僅かでもよいのなら)
「神よ…それは…如何なる意味に!?」
(見なさい、穏やかなる砂漠の王よ)
ラーミアが指す南の空ーちょうどローレシアの頭上ーに、血のように赤い星がひときわ大きく
輝いていた。二年ほど前、夜空に突如として現れた星。その不吉な色を一目見たものは
みな口々に災いの前兆であると騒ぎ立てたものだ。
(二年前、かの地に竜が降り立ちました。あらゆる魔物、魔神の上に立つ闇の王…
 真竜王の魂が、勇者の血を引くものの肉を纏って)
王ははっとして遠くローレシアの方角を見やった。母神の言葉に思い当たる存在を
見いだしたのだ。だが、まさか。
(世界を闇に呑み込む暗黒の魔王となるか…神と魔物、そして人とを結ぶ救世の勇者と
 なるか…道はふたつしかありません。彼の者を導き、正しい答えに向かわせる為、私も
 人として地上に転生せねばなりません。おまえの子がその器となってくれるのなら)
「……人の子として過ごすとき…そう仰いましたか」
(ええ。月の都より使いが来る、その時までは…"サマルトリアの王子"として、人間として
 平穏に生きましょう)
 王はいま一度冷たい我が子を見つめ、やがてゆっくりと頷いた。
「子は……いずれ親の手を離れるもので御座います」
表情も見えぬ光が、微笑う気配。
(それでは…私は今より私を忘れ、貴方の子として生きましょう)
 目映い光が塔を包み込む。白い闇の中、手にした包みがかすかに蠢く。瞼をあげた時
王はただひとり立ち尽くしていた。すう、すうーかすかに、しかし確かに、規則的な
吐息が聞こえた。腕の温もりに気づいて目をやると、金髪の嬰児が身じろぎをした。
小さな口をめいっぱいに開け、砂漠の冷たい空気を吸う。王は歓喜に叫び、母神の名を
何度も繰り返した。

 産屋では目を覚ました后に残酷な事実を告げかね、医師達が困り果てていた。
「坊やはどこ?坊やに会わせて!」
年かさの医師が重苦しい口をあけた刹那ー先ほどとは打って代わった表情で王が現れた。
すやすやと安らかな寝息を立てる王子を胸に抱いて。

 それからの14年、王はなによりも深い愛情を王子に注いで過ごした。
王子はトンヌラと名付けられた。いささか間抜けな響きだ、と陰で言う者も居ないでは
なかったが、日向のような王子の笑みに会うとそれも似合いであるかと悪意なく
納得するのだった。
 トンヌラに神鳥の意識は残されていないようだった。ふつうの人間と強いて違うところを
挙げるとすれば、男と女…どちらも不完全ながら、ふたつの性を備えていたことか。
いちどきり、何故自分の身体は父や衛兵たちのようではないのかとトンヌラは王に問うた。
その表情にあの日の神の面影を垣間見た王は、王子の細い肩をしっかりと抱いて
言い聞かせた。
「お前は神に祝福されし子なのだよ。胸を張って生きなさい」
 それで解決したふうには見えなかったが、表向き心悩ませる仕草は無くなった。
王子はいつでものんびりと明るく、少しそこつ者で、みんなの笑顔の中心にいた。
手の掛からぬよい子である王子に、王は少しく心を痛めた。…もっとわがままを言っても
よいだろうに。共にいられる時はけして長くないのだから。

 そしてームーンブルク陥落の報せが届いた。

月の都よりの使いとは、このことだったのか。頼りない王子がひとり旅立つと言い出したとき
誰もが反対した。ただひとり王を除いては。引き留めるふりをしながら、そっと荷物に
薬草など足りぬものを入れてやった。
 …神よ。満ち足りたときを感謝する。
夜半こっそりと城を抜け出すトンヌラの姿を、王は塔の窓からいつまでも見送っていた。





「ーあなたたちは、うそつきだ」



竜王の"妻"となった息子ートンヌラが投げた言葉。
お前は知っていたのだろうか?共にいられる時間が短いことを。私たちに幸せな時を
過ごさせるために、佳き子を演じてくれていたのだろうか?…だとすれば、済まなかった。

 …だが、もうよい。もうよいのだ。

神鳥よ、飛び立つがいい。「父」「母」を捨て、祖国を捨てることに罪の意識を持つ
ことなどない。それはお前にとってひととき羽根を休めるためのとまり木にすぎないのだから。
闇に沈まんとする黒き翼に手を差し伸べ、ともに大空を逝きなさい。

そして、最後にひとこと言わせておくれ。




しあわせな夢を、ありがとう。



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Date:2009/11/13
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Thema:二次創作:小説
Janre:小説・文学

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