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□ 鋼鉄のアレフ □

鋼鉄のアレフ・2

「…ねむれよ…おさなご…ははのてに……
 かぜふく…すなばら…つきみちて………」


扉を激しく蹴りつけられ、か細い子守歌は途切れた。まったく忌々しい肉枕だ。さっさと正気を
失くしてしまえば楽になれるだろうに。オークの見張りは苛立ちまぎれに安酒を呷る。あれは
世にも貴重な珍味を提供する家畜、間違っても手を出してはならないー不細工な魔女は
しつこいほど繰り返してきたが、誰が好き好んであんな薄気味の悪い肉塊を弄ぶものだろうか。
 肉塊。サマルトリアの王子であった『モノ』は、今やその呼び名にふさわしい無様な姿と成
り果てていた。妙なる鳴き声を楽しむために舌は奪われずにいたことが、まだしもローレシアの
隷獣よりましであった…といえばいえるのだろうか。こちらの檻には藁が敷かれ、古びては
いたが毛布も与えられていた。すけさんはごそごそと牢のすみへ這っていき、苦労しながら
毛布にくるまった。
「…アレフ…」
見張りの耳に入らない程度のちいさな声でつぶやく。呪文を封じられたすけさんにとって、
残された唯一の魔法の言葉だった。心が潰れそうになるたび、いつもこの呪文を唱えて
耐えてきた。壊れてしまえれば、何度そう思ったことか。でも、僕はアレフに生かされている。
ひとりだけ逃げるなんて、僕にはできない。
…もそ、と胎内で身じろぐ頼りない感触。暖かいその場所を庇うように、すけさんは身体を丸める。
(今度は…いつまで一緒にいられるのかな……)
彼の血を引いた1/2。少なくとも十月十日の間、誰よりも近い場所で一緒にいられる。
ひとりぼっちで獄に繋がれる彼より、そのぶんだけ僕は幸せかもしれない。しかし、そのつかの
間の幸福も終わりに近づいていた。張りを増し薄い母乳をにじませる乳房は出産の時が
近いことを告げていた。喉の奥、押し殺した声で見張りに悟られぬよう子守歌を再開させる。
生きたこの子に歌ってあげることはできないのだ。だから、せめてー
 枯れた筈の涙が一筋、冷たい頬を流れ落ちた。

 魔物の手脚を授かって、アレフは明らかに変わった。以前より貪欲に「餌」を貪り、肉汁の
ひと垂らしも漏らすまいと犬のように卑しい姿勢で皿をも舐めた。戯れに彼の精神を苛む
魔物たちの言葉ー父王の死骸が日に日に腐れて行く有様も、激しい陵辱に狂える母后が
漏らしたという猥雑な叫びも、睡眠を妨げる雑念として切り捨てた。常人ならばのたうち回る
ほどの…異物が骨を、筋肉を浸食していく激痛にも耐えた。ーそうして静かに体力を蓄え、
ひたすらに期を待ったのである。キラーマシンの手脚は徐々に馴染み、今では以前と
変わりないほど…いや、痛みを感じないだけより大胆にその役目を果たすようになっていた。
しかし、件の魔女に対しては意のままに動かせない芝居をし続けた。
「ふン、やっぱり見かけだおしかね」
さすがに珍しい玩具にも飽いたのか、さしもの魔女もこのごろでは以前ほどの無体はしてこない。
そのかわり世話もお座なりになった。囚われた当初は毎日それこそ舐めるように身体を清められ
菊座の襞の一本一本まで洗われたものだが、この頃は三日に一度桶の水を浴びせらる程度だ。
女の気が向けば床を磨く固いブラシで乱雑に身を擦られる事もあった。動かぬ玩具ならば
興味はない。実に分かりやすかった。それでも自分が生かされていることを、アレフは心底
不思議に思った。これも主、マスタードラゴンの思し召しでもあろうか。
その調子で本物の手足も取り戻してくれないか、神さま。
 垢と埃にまみれ薄黒く凝っていきながらも、アレフは機会を待ち続けた。
 そして、ついにその日がやってきた。いつもの魔女の代わりに牢を訪れたのは屈強なオークが
二匹。獣よりも強い悪臭に露骨なしかめ面をしながら、アレフの身体に湯とシャボンを浴びせて
念入りに洗う。
「嫁さんに会う時くれぇ、綺麗にしねえとな」
オークは胴間声をはりあげ、薄黄色い牙を剥きだして笑った。
「まったく余計なモンくっつけやがって、重たくて仕方がねえ」
ぶつくさ文句を言いながらアレフの両腕を支える。
「持ち運べるように、ちぎっちまうか」
冗談めかしながら猪の馬鹿力で腕を引っ張られた。
「…ァ!!!」
生身の腕をもぎ取られた痛みがそのまま蘇る。顔をゆがめるアレフに気づき、オーク達は
ニヤニヤと笑った。
「なんだ、取り外しは利かねぇのか。ろくでもねえ木偶だな」
無理に引きちぎれば今日の任に差し支える。馳走にありつくまでは辛抱だ。
 いつもの薄暗い角を曲がり、すけさんの閉じこめられた房へと向かう。取り戻した視界は
妙に歪み、灯りはすべて青白く光って見えた。悪魔の目玉は人間とまったく異なる方法で
視覚情報を認識しているのだ。それでも、この道順には覚えがあった。足音の歩数、肌に触れる
空気の圧、それらすべてが敏感な感覚に教えてくれる。地下深い迷宮に閉ざされたアレフとは
違い、すけさんの牢は比較的浅い階層にあった。いける、これならー。
 かたちばかりの鍵を開け、牢へと足を踏み入れる。歩けない肉虫に鍵など不要ではあったが
魔物達は万が一の可能性を恐れているようだった。
「ほれよ、いとしいご亭主との対面だ」
オークは牢の暗がりに言い放つとアレフの頭をぐいと鷲掴み、顔をそちらへ向けさせた。
「………!?」
 声にならない、弱々しくも悲痛な叫びがかすかに響く。脳に差し込む鋭い痛みとともに、
魔物の瞳孔が拡大するのを感じた。暗闇に転がる大きな塊は、短く不格好な足をつけていた。
ー急激に視界がクリアになる。そこに『在った』のは、肘と膝から先を無惨に断ち落とされた
かつての友にして恋人の変わり果てた姿だった。アレフと同じように、すけさんの残された
部分もまた大人へと成長を遂げていた。脇腹から細い腰、尻へと繋がる艶やかなカーブ。
少年とかわらず薄かった胸はたっぷりと蜜を抱いて膨らみ、ほの紅い先端からは乳汁が
滲みだしていた。
「お前の嫁、べっぴんになったろう?」
「ああ、そういや目玉を植えられてからは初めてのご対面だったな」
まんこの味は識ってるのにな、と一匹が言うと魔物たちは一斉に下卑た笑い声をたてた。
移植された魔物の瞳が活きているのだと悟り、肉枕と化したすけさんの顔が蒼白に変わる。
「…ァ…ヤ…ヤァ………」
ーだめ。見ないで。
 言葉にならない呻きはそう訴えていた。先程から一言も言葉を発さない恋人を
アレフは訝しんだ。
「そうそう、こいつはお前の贈り物だろ?芋虫の嫁が落とさないようにしておいてやったぜ」
オークはにやりと笑い、白い顎を無理に開かせる。薄い花弁のような舌に、蒼い宝石が
光っていた。大切な仲間にと渡した装備品、『命の指輪』だった。肉に無理矢理穴を穿ち、
深く食い入ったリングは舌根を封じている。腐り、癒着した傷跡は可憐な唇からもう二度と
歌が奏でられぬことを知らしめていた。
 アレフの枯れた喉から咆哮が迸る。それは石積をはしり、魔獣の獄全体を震わせた。
抱えられるまま垂れ下がっていた鋼鉄の腕がしなり、左右から支えていた魔物の蛮刀を
目にも留まらぬ速さで二挺ともに引き抜いた。
「なッ…!?」
格子に縋ることも出来ない木偶人形と侮っていたオークは虚をつかれ、血しぶきとともに
毛むくじゃらの首がふたつ転がる。その無骨な見掛けに依らず、からくりの脚は本人が
生まれ持った以上の俊敏さを発揮した。同僚を瞬く間に葬られ気色ばむ残り二匹の猪面に
蹴りを叩き込む。弾きとばされた魔物の躰は石壁に激突し、背骨の折れる耳障りな
音とともに動かなくなった。
「ゥ……」
ー遅くなって、ごめん。本当に。
血を吐くような呻き。軽くなってしまった恋人を抱き上げようとして、アレフは躊躇うように
キラーマシンの両腕を見た。転がったままのすけさんは顔をあげ、何度も首を振る。
ううん。どんな姿でも、貴方が生きていてくれれば。
ともに声を失ったふたりは言葉などなくてもより深く通じあうことができた。冷たい鋼鉄の腕の
感触にすけさんは身を委ねた。疲れた頭をもたせかけた胸は昔とかわらず熱く、たしかな
鼓動が伝わってくる。久しく忘れていた安堵感が彼女を満たしていた。
 凝った魔物の血にどす黒く染まった敷布をマントのように羽織り、もう一枚ですけさんの身体を
包む。蝋燭の灯りがゆらめき、怠惰な眠りをむさぼっていた見張りのダークアイの目がかっと
見開かれた。とたんに、耳をつんざくような魔物の悲鳴が辺りに轟く。先刻アレフがあげた
雄叫びに異変を感じとっていた牢獄の魔物たちがにわかに騒ぎだす。追っ手が大挙して
押し寄せる前にここを出なければ。
 "悪魔の目玉"の神経系統から脳に伝わる映像で出口の方角は知れる。オークの死骸を
またいで外に出ようとするアレフの腕の中で、すけさんが必死に首を降った。
"どうしたの"
ここから脱出口まではそう遠くなかったが、すけさんは反対側の通路の闇を見つめたまま
悲しげに喉の奥で呻き続ける。しかし慌てれば慌てるほど上手く意志は伝わらず、すけさんは
ただ水を求める魚のようにもどかしく唇を動かすばかりだった。
"………、ごめん、ちょっと我慢して"
心の中でつぶやくと、アレフはもはや身体の一部となった
"悪魔の目玉"の触手をすけさんの口腔に侵入させた。
「ンクッ…!!!」
ほんの一瞬、おぞましい感触に身をよじらせるすけさん。互いの脳に刻まれた記憶が映像の
奔流となって流れ込んでくる。薄暗い牢の中、敷布に広がる血溜りーオークの手に
ぶら下がったー小さなひとがたー人形か?いや、そうではない。
"………まさか"
涙を目に滲ませながらすけさんは繰り返し頷く。
おねがい。…僕と君のあかちゃんを、たすけて。

わずかな逡巡ののち、アレフは力強く頷くと再び闇の中へと駆け出していった。





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Date:2009/11/15
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Thema:二次創作:小説
Janre:小説・文学

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